2009-07-04

プラウィ国防大臣VS民主連合

 昨年、民主連合がスワナプーン空港とドンムアン空港を封鎖した件について、警察が民主連合の関係者らに出頭命令を出しました。その中にはパトムポン陸軍大将も含まれています。
 これは明らかにプラウィ国防大臣が、弟のパチャラワー警察長官を使って民主連合に圧力を加えようとしています。
 プラウィ国防大臣は、アピシット政権の影の番長みたいなものですからアピシット首相もステープ副首相も口出しはできません。先日、タイ軍の最高幹部らが突如ベトナムを訪問した件も、プラウィ国防大臣がアピシット首相に事前に何も相談しないで勝手に決めています。
 ベトナムを訪問したメンバーは、ソンキティ国軍最高司令官、アピシャー国防次官、アヌポン陸軍司令官、パユッ陸軍参謀長、イタポン空軍司令官、ガムトーン海軍司令官というフルメンバーです。外交上の理由とはいえ、ここまでする必要があるとは思えません。プラウィ国防大臣の示威行動の表れのような気がします。(このフルメンバーの最高幹部らがプラウィ国防大臣を支持しているというわけではありません。彼らは国防大臣の命令に従う義務があります)

2009-07-04

真面目なソンティ前陸軍司令官

 ソンティ前陸軍司令官は、ラムカムヘン大学の政治学コースを約6万バーツ払って受講しています。そこでの彼はけっこういい成績を収めているそうです。彼は政財界の人脈が全くなく政治に関しては無知なので、政界入りに備えて勉強するというわけです。
 彼の地位ならば、かなりの財産を築いているし、どこかの会社の顧問にでもなるのが普通です。今さら学生をやるような立場の人ではありません。担当の政治学の大学教授は、大喜びで熱心にソンティ前陸軍司令官にあれこれと教えているそうです。

2009-07-04

解決に向かう

 ステープ副首相がカンボジアでフンセン首相と会談を行い、カオプラウィハーン遺跡問題は解決に向かうとの考えを示しました。
 タイとカンボジアの国境問題が浮上すると同時に、1日から3日までタイ軍の幹部らは急遽ベトナムに飛んでベトナム政府との会談を行っています。タイは外交で生き残ってきた国です。この辺の駆け引きには慣れています。
 

2009-07-03

首相にはならない

 プラウィ国防大臣に関する話題が、マスコミの間で頻発に取り上げられるようになってきました。それは、ネーウィン派のプームジャイタイ党がプラウィ国防大臣を党首にしてからプアタイ党と結びついて、プラウィ国防大臣が首相に就任するというものです。そして、政治献金に関しては、コンピュター会社のオーナーのパタワー氏が責任を持つというものです。
 そのプラウィ国防大臣が新聞のインタビューに答えました。
 
 「首相というものは国民から支持され信頼された人間がなるものだ。私よりも適任の人間はたくさんいる。コンピュター会社のオーナーのパタワー氏とは昔から親しいのは事実だが、私が政治活動をする気がないのに彼が政治献金なんてするわけがない。
 ネーウィンに関しては、会えば話をするという程度の関係で特別に親しいわけではない。彼は政治的に高い能力を持っている。ステープと親しいことは認める。彼が私に国防大臣を引き受けてくれと何度も頼んできたから、私は国防大臣に就任した。それ以降、彼とは緊密に連絡を取り合っている。しかし、国防大臣になったから次は首相というわけではない。夢のまた夢と考えていた陸軍司令官に就任できただけでも私の人生は十分だ。
 第2歩兵師団出身者が陸軍を牛耳っているという批判があるが、そんなことはない。他の部隊出身者とのバランスは取れている。それに、私が彼らを強引に昇進させたわけではない。彼らは能力があったから昇進した。それだけのことだ。
 民主連合が私を非難しているが、私は首相になる気がないのだから見当違いもいいところだ。彼らのことは気にも留めていない。
 赤服連合は、我々が彼らの暴動を煽ったと主張しているが、それも見当違いだ。
 私の回りの人間は、だれも私に政界入りを勧めない。それは私が本物の軍人であり、政界のような裏表のある世界に合わないことを知っているからだ。私は裏でこそこそするような世界は嫌いだ。私はだれに対しても裏表なく誠意を持って接している」
 
 プラウィ国防大臣は、このように首相になることを全面的に否定しています。しかし、一部のマスコミは、彼はスチンダーの二の舞になると早くもみています。
 プラウィ国防大臣は、結婚歴がありません。それは「妻子を一生持たない代わりに頂点を極めさせてくれ」という願掛けをしたからだと噂されています。それほど、彼は強烈な野心を昔から持っていると思われています。
 プラウィ国防大臣は、1人を除いた、すべての歴代の陸軍司令官の誕生日には必ずプレゼントを持って彼らの邸宅を訪問しています。そして、その1人とはスラユッ枢密顧問官のことです。今後、もし、プラウィ国防大臣が野心を丸出しにして爆走すればプレム派(スラユッ派)軍人との衝突は必至です。最悪の場合は92年の再来なんてことになるかもしれません。
 

2009-07-03

パトムポン陸軍大将が派閥を結成

 民主連合の守護神?のパトムポン陸軍大将が「ウッナーローム」という名の派閥を結成しました。メンバーは、陸海空のすべての彼の士官学校同期生らです。
 パトムポン陸軍大将は、陸軍副参謀長まで登りつめた実力者です。(その後、左遷されて最高司令部顧問)彼の士官学校同期生には、第1管区司令官、第4管区司令官などの司令官を歴任した者がいます。間違いなく、彼らの現役の部下の佐官クラスには実力者がいます。パトムポン陸軍大将は、ついこの間、深南部問題でアヌポン陸軍司令官をバカ呼ばわりをして非難していました。これにはプラウィ国防大臣が慌てて2人の間に入ることで、どうにか収まりました。彼が派閥を結成した真意は知りませんが、どう考えても、これから予想されるプラウィ国防大臣派の台頭に対抗するためでしょう。